2009年8月24日月曜日

苦しいところです

問題なのですよ。

何かを演ずるとき、その対象に共感できる部分と、共感できない部分があるとき、それをどのように整理するのか。

ぼくは、春と修羅が好きです。
「有機交流」「因果交流」「青白い照明」の光のイメージ。
「あるいは、十億年の修羅」という、なにか心の軋みのような言葉。

また、この脚本の最後

別の手段でも思いは遂げられた、と語るにもかかわらず、
微笑みながら落ちて燃えていくという語り。
まだ燃え続けているという語り。

不思議な永遠性のイメージを感じます。

2 件のコメント:

  1. 「共感できる」と「共感できない」は同じステージの出来事です。
    「共感できる/できない」と「拒絶する」は別ステージの出来事です。
    なので、出演者は「共感できない」気持ちを伝える相手と共感できるようにすればいいのです。
    へりくつのようですが、そうではありません。

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  2. 水城さん、ありがとうございます。
    今日の稽古では、それはみんなとは違うかも知れませんが、自分の思いでもって読んでみました。
    また、「雨にも負けず」に対する自分の思いを、別に書いてみました。
    きっと私の思いに共感してくれる人がいることを信じ、これからも読みたいと思います。

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